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レッテル [僕の持論]
今のよのなか、レッテルが溢れている。
(かくいうこの意見もレッテルの一つかもしれない)
【レッテル】
元はオランダ語で商品などに貼り付ける札(ふだ)のことである。
ラベルまたはレーベルが転じて、人や物事に対する類型化された評価のこと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%AB
インターネットが普及する前は、レッテルを貼るのはメディアが主流を占めていた。
テレビだったり新聞だったり雑誌だったりラジオだったり・・・
しかし、今となってはこのブログも含めて、レッテルの貼り合いというのが、
よのなかの実状ではないか。
インターネットの世界は、よのなかの常識ではなく、「私のジョーシキ」がまかりとおる世界である。
だからこそ、あきらめが必要になる。
あきらめとは否定的に捉えられがちだが、「明らめ」というのが語源だそうだ。
つまり、明らかにすることであり、明らかにした上でそれに執着しないということだ。
そのためには、自分の思いが通用しない事実に直面した経験や、歴史から自分の考えや存在を
捉えなおす時間、人生に対する葛藤を抱えて生きるといった覚悟などが必要だと思う。
つまり自分を根底から疑うことが必要だということだ。
自分の存在そのものをまっこうから否定すること。
そのことによってはじめて、
我に固執せず我から離れず、世に固執せず世から離れず、
といった生き方ができるのではないだろうか。
よのなかにあふれてくる情報はまるで壊れた蛇口のようだ。
その洪水のような状況に呑みこまれず、
溢れてくる情報を静かに観る心のゆとりを持ちたいものだ。
(かくいうこの意見もレッテルの一つかもしれない)
【レッテル】
元はオランダ語で商品などに貼り付ける札(ふだ)のことである。
ラベルまたはレーベルが転じて、人や物事に対する類型化された評価のこと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%AB
インターネットが普及する前は、レッテルを貼るのはメディアが主流を占めていた。
テレビだったり新聞だったり雑誌だったりラジオだったり・・・
しかし、今となってはこのブログも含めて、レッテルの貼り合いというのが、
よのなかの実状ではないか。
インターネットの世界は、よのなかの常識ではなく、「私のジョーシキ」がまかりとおる世界である。
だからこそ、あきらめが必要になる。
あきらめとは否定的に捉えられがちだが、「明らめ」というのが語源だそうだ。
つまり、明らかにすることであり、明らかにした上でそれに執着しないということだ。
そのためには、自分の思いが通用しない事実に直面した経験や、歴史から自分の考えや存在を
捉えなおす時間、人生に対する葛藤を抱えて生きるといった覚悟などが必要だと思う。
つまり自分を根底から疑うことが必要だということだ。
自分の存在そのものをまっこうから否定すること。
そのことによってはじめて、
我に固執せず我から離れず、世に固執せず世から離れず、
といった生き方ができるのではないだろうか。
よのなかにあふれてくる情報はまるで壊れた蛇口のようだ。
その洪水のような状況に呑みこまれず、
溢れてくる情報を静かに観る心のゆとりを持ちたいものだ。
先入観 [僕の持論]
僕は「先入観」を極力避けたいと思っている。
よく第一印象は当たるとか、人は見た目が9割、なんていわれることもあるが、
そういうものは眉唾ものだと思っている。
なぜかというと、人には見えないところにその本質が隠れていると思うし
それは一目見ただけだったり、少し話したぐらいでは見えてこないものだと思うからだ。
一方で、見えないところに本質があるからこそ直感が大事だとも言える。
見た目ではわからない、少し話したぐらいではわからないからこそ、
ちょっとした仕草や言動に表れる違和感を感じとって、本質に近づくということもありえる。
どちらが間違っているとはいえない。
しかし、直感を信じられるぐらい自分の観察眼を養う努力は必要だと思う。
僕はしばらく直感を信じないことによって、直感を磨く努力を怠っていたようだ。
これによって、直感は退化し、ますます当てにならなくなったばかりか、
ある程度自信を持っていた観察眼が錆びついてきたことを実感する。
知らぬ間に周りに対する観察自体を放棄している自分に遭遇して
戸惑うことがある。
目には映っているのだが、それが自分の中に入ってこない。
というより自分の中で何かが入ってくるものを拒んでいるような感じがしていた。
こんなことに危機感を感じて気づいたことは、よのなかに溢れていることばの意味を
きちんと考えずに自分の判断を委ねてしまうと、自分が意図した方向とは
まったく逆の結論が導き出されてしまうことにもなりかねないということだ。
自分の主張を明確に持てば持つほど、逆にその主張に一番厳しい視点を自分が
持たなければ、知らないうちに裸の王様になってしまう可能性がある。
観察をしよう。
そして、感じることを大切にしよう。
見えないことに本質があるからこそ、見えないことにたどり着くサインを見逃さない
眼を育てよう。
よく第一印象は当たるとか、人は見た目が9割、なんていわれることもあるが、
そういうものは眉唾ものだと思っている。
なぜかというと、人には見えないところにその本質が隠れていると思うし
それは一目見ただけだったり、少し話したぐらいでは見えてこないものだと思うからだ。
一方で、見えないところに本質があるからこそ直感が大事だとも言える。
見た目ではわからない、少し話したぐらいではわからないからこそ、
ちょっとした仕草や言動に表れる違和感を感じとって、本質に近づくということもありえる。
どちらが間違っているとはいえない。
しかし、直感を信じられるぐらい自分の観察眼を養う努力は必要だと思う。
僕はしばらく直感を信じないことによって、直感を磨く努力を怠っていたようだ。
これによって、直感は退化し、ますます当てにならなくなったばかりか、
ある程度自信を持っていた観察眼が錆びついてきたことを実感する。
知らぬ間に周りに対する観察自体を放棄している自分に遭遇して
戸惑うことがある。
目には映っているのだが、それが自分の中に入ってこない。
というより自分の中で何かが入ってくるものを拒んでいるような感じがしていた。
こんなことに危機感を感じて気づいたことは、よのなかに溢れていることばの意味を
きちんと考えずに自分の判断を委ねてしまうと、自分が意図した方向とは
まったく逆の結論が導き出されてしまうことにもなりかねないということだ。
自分の主張を明確に持てば持つほど、逆にその主張に一番厳しい視点を自分が
持たなければ、知らないうちに裸の王様になってしまう可能性がある。
観察をしよう。
そして、感じることを大切にしよう。
見えないことに本質があるからこそ、見えないことにたどり着くサインを見逃さない
眼を育てよう。
20年ぶりの、ほぼはじめてのデート [僕をかたちづくってきた経験]
20年ぶりに中学生の頃つきあっていた女性と会った。
1年半のつきあいと20年の空白。
とてもアンバランスだけど、
人生は期間ではなく、密度だと実感した。
密度も瞬間で決まるみたいだ。
つきあっていた頃、デートをしたという記憶がほとんどない。
二人とも部活をやっていて、一緒に帰った記憶も数えるほどしかない。
(それはそれでどうなんだと思うが・・・)
つきあい始めたのは、手紙のやりとりだった。
別れたのは受験前(フラレタ)。
高校は一緒だったけれど、別れた後、一度も話したことがなかった。
高校卒業後、彼女は大学へ。僕は予備校へ。
それから先のことは、まったく知らない。
ひょんなことから僕のメールアドレスを教え、地元で会うことになった。
20年ぶりに会った彼女は一目でわかった。
予約していた近くの居酒屋に入って、それからはあっという間だった。
お店を出て、景色が変わって昔の面影がほとんど残っていない道を
通っていた学校まで歩いて、それから少しだけ昔の通学路を一緒に歩いた。
20年ぶりの、ほぼはじめてのデートはこうして終わった。
ありがとう。
そして、あなたを好きになってよかった、と改めて思った。
↓解散してから知ったBOΦWYを聴きまくっていたあの頃↓
http://www.youtube.com/watch?v=R_sMUaRUIX4&feature=related
↓彼女のイニシャルは・・・↓
http://www.youtube.com/watch?v=Axsf1aGVY0A&feature=related
1年半のつきあいと20年の空白。
とてもアンバランスだけど、
人生は期間ではなく、密度だと実感した。
密度も瞬間で決まるみたいだ。
つきあっていた頃、デートをしたという記憶がほとんどない。
二人とも部活をやっていて、一緒に帰った記憶も数えるほどしかない。
(それはそれでどうなんだと思うが・・・)
つきあい始めたのは、手紙のやりとりだった。
別れたのは受験前(フラレタ)。
高校は一緒だったけれど、別れた後、一度も話したことがなかった。
高校卒業後、彼女は大学へ。僕は予備校へ。
それから先のことは、まったく知らない。
ひょんなことから僕のメールアドレスを教え、地元で会うことになった。
20年ぶりに会った彼女は一目でわかった。
予約していた近くの居酒屋に入って、それからはあっという間だった。
お店を出て、景色が変わって昔の面影がほとんど残っていない道を
通っていた学校まで歩いて、それから少しだけ昔の通学路を一緒に歩いた。
20年ぶりの、ほぼはじめてのデートはこうして終わった。
ありがとう。
そして、あなたを好きになってよかった、と改めて思った。
↓解散してから知ったBOΦWYを聴きまくっていたあの頃↓
http://www.youtube.com/watch?v=R_sMUaRUIX4&feature=related
↓彼女のイニシャルは・・・↓
http://www.youtube.com/watch?v=Axsf1aGVY0A&feature=related
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